ペットとして生きていた動物が、人間に対して愛情のメッセージを持ちそれが死後宇宙の物質エネルギーと化しても何らかの意思の存在として人間の心に残し、生き続ける人間達を生前のままに見守って欲しいと言う願いも供養の目的として存在します。

生前の写真を飾る事に語らいの場を作る事が人間の様に仏壇として存在してもそれは飼い主であった人間の心の中の供養としては一つの方法です。

写真つまり遺影に花を飾り線香を焚き人間の側の意志としてペットのあの世の幸せと人間のこの世の幸せに願いを込めるのです。

人間も動物も同じ宇宙のエネルギーとしてお互いまたペットとして人間と精神を繋げていた時と同じくまた幸せに生れ出たいね、と仏壇と言う限られた区画に心を生きていたままの精神保存として取り置くのです。

保存と言うのは物に対するだけの即物的な意味だけではありません。

供養する人間の心が存在する間の生きたままの精神の保存と言う形として使用できるのが仏壇なのです。

仏壇と言うものは人間の場合は特に一式揃え様とすれば高額なものですが、家族の一員でもあったペット用の場合は一般の通販の例ですと、人間と比べ小さいものですが、現在2000円代から20000円台くらいまでがネット検索出来ます。

ペット葬の喪主である飼い主の意向に寄ってはかなりな高価品も注文出来そうです。

先ずその素材は人間の仏壇同様に欅から黒檀紫檀上限を見なければ千差万別に品揃えされているのでしょう。

その他有名百貨店などの仏具コーナーで相談すれば値段の方は色々ありそうです。

値段は人の嗜好による気持ちの盛り上げで選ぶデザイン的な選択肢でありますから、小さな供養の祭壇を作りたいと思えば100均の仏事用具を集めても創作できますし、工作が得意であれば様々な素材で手作りも自由に出来るわけです。

集合住宅の仏間として広くは取れないスペースに可愛がっていたペットの遺影を置き供養の気持ちを込める為に祭壇化する。

気持ちを重視するその視覚的な充実性の為には仏壇の素材などには個人差により樹脂製からボール紙を手作りしたものまで色々な仕上げがあります。

市販のものなら樹脂製に透かし彫り風のデザインを施した物まで自由自在に供養の形を選べるでしょう。

そこに掛ける費用の感性は基本的に仏壇として仏具一式を囲う総費用に人間の拘りの差を出します。

例えば亡くなったのが大きな一匹猫さんだったとすれば、家の主としていつもの位置に座っていらっしゃいましたからその位置スティタスを再現するのに飼い主はどうしてあげようかと思います。

死んでしまったのなら宗教的には日本では仏壇でしょう。

先ずその遺影を飾る祭壇の創作の一式の内訳が祭壇の中若しくは平型なら上に、花立て、燭台、香炉、場合によってはペット葬の時の位牌などが仏壇供養としての形に必要です。

ぺット仏壇は購入しようとすればデザイン仕様が職人さんや企業企画のものですが、自作の気持ちがあればホームセンターの素材より安値で直ぐに求められる100均グッズでも供養する側のセンスを生かせば綺麗にそれが出来上がるものです。

長年可愛がっていたペットが亡くなってしまった。

都市部からは離れている郊外のペット墓地に埋葬したけれどマンション自室にお参りの代わりにお花を上げられる仏壇を小さく置いてあげたい、そう思いながら買い物の時に100均に寄ると入り口に冠婚葬祭や一般用の造花が沢山あった。

白菊黄菊を紫の竜胆などとアレンジした仏花が大抵ある。

100均の棚には仏具として色々探せば高炉や簡単なリンもある。

湯呑みコーナーで水を備える白磁のものを一つ選ぶ。

お線香も必要な内容量が100均されている。

仏壇本体はウッズグッズから樹脂製品に屋根型の付いたインテリア用の箱類もある。

実際に街のモールの大手100均ショップに立ち寄ると幾らでも仏事の創作用アイテムがあった。

このウッズ棚はいいんじゃないかなと室内景観を自然に調和させる様に他のインテリアとペット仏壇を同時に置けば、拘らなければ本棚や飾り棚と一緒にペット仏壇を内蔵できるインテリア風の棚も沢山あるのです。

仏壇は他の家具とは独立したものと意識的に拘る感性なら綺麗なミニテーブルに漆器の盆に写真や花立てなどを和風に飾っても良いのです。

まあ創作は感性的に色々あります。

引っ越しに持ち運びが容易でもし高齢者宅などそれが人間の遺品と一緒になっても焚き上げ供養など遺品整理の手段として遺族の負担にならないものになります。

おばあちゃんおじいちゃんと一緒に精神が供養されます。

それは清掃業者と言う片づける担当者に寄っては少々無骨なイメージはありますが、綺麗な心の最終解脱である浄化として悪い事では無いのです。

それは作られた段階でも、可愛がっていた家族の一員にペット仏壇100均創作しても安い感じで良いのかなと言ういわゆる拘りの煩悩の無い状態なら一つの精神供養はきちんと成されるでしょう。

百均のグッズで作られたものでも売り物の一品の折り紙でさえ冠婚葬祭への人間の気持ち次第で気の利いた演出の仕上がりに必ず到達出来るのです。

人の気持ちの不思議さは100均アイテム創作から大聖堂と言う歴史遺産にも及んでしまうのでした。

やって見ても良いのではと思う小さな100均からの創作と言う人間は誰でも持つ精神の可視化と言う芸術性にも繋がっているのかも知れないこの世に生きていたものの供養形式のお話しでした。